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自由経済の歴史~週刊TPP調査報告書VOl4 

今週もちゃんとTPPについて独自の勉強を進めています。
今週、参考にしたのはこの著書。

WTO自由貿易を超えて:中川淳司著

良著です。
ガットの成り立ち、自由貿易の黎明期から、WTOを経てFTA、EPA、TPPへと。
WTOの抱える問題と未来への課題。
偏向することなく、公平な立場で書かれていると感じました。
長くなるので先にクリックしてくれると嬉しいです。

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自分的には、自由経済の成り立ちが面白かったです。
ガットはITO(国際貿易機関)が設立するまでの「つなぎ」の役目として設立。
しかしITOの掲げたITO憲章がハードルが高く纏まらず。
いつの間にかガットが機能しているという状態だった。
ガットの生みの親は悪名高き「ハルノート」で有名なコーデル・ハル。
「1916年頃に自由な貿易が平和を支え、高い関税、貿易障壁と不公平な経済競争が戦争を導くという信念を抱くようになり、それは12年にわたる国務長官在職中も変わることがなかった。貿易の差別と障壁を減らせば他国を羨むことも減り、すべての国の生活水準が向上する。これこそが永続的な平和をもたらすと私は確信している」
とある。
貿易障壁満載のハルノートは、戦争に導くための確信犯的行為ですな。

日本がガット参加するまでの歴史を振り返りましょう。
1941年8月12日 日英で太平洋憲章に調印。
封鎖的な経済ブロック化との決別と世界貿易の自由化をうたった。
通商と原材料の均等なアクセスを盛り込んだ。イギリスは抵抗したため「努力目標」となる。

1942年2月 米英相互援助協定
国際通商におけるあらゆる携帯の差別を撤廃すること、そして関税その他の通称障壁を削減すること」
アメリカは帝国特恵関税制度(イギリスの保護貿易制度)の撤廃を要求したが、イギリスは当然ごねる。
見直していくという事になり、協定は締結。
恐ろしいことにイギリスの帝国特恵関税制度はEC加盟の1973年まで撤廃されなかった。

ITO憲章
米英主導で始まり、国連に舞台は移り56ヵ国が参加。
その後は米主導で勧められ、イギリスは自国の有利な関税を守る事に終始。
世界の覇権がイギリスからアメリカへ移ったことを端的に物語っている。

ガットの成立
1947年4月から7月まで23カ国で関税の引き下げを交渉。
二ヶ国間交渉で決めた関税を最恵国待遇に基づいて全参加国に適用する方式。
そこそこうまくいき、決めた交渉事を早く実施したいのでITO憲章から必要最小限の規定を取り込み実施。
これが「関税及び貿易に関する一般協定」すなわちガットの成立である。

ITOの挫折。
ハードルが高かったので纏まらず。
アメリカ議会も農業団体や保護主義団体などの干渉で纏まらず。
イギリスも同様。ITOを批准したのはリベリアとオーストラリアのみだった。

日本のガット参加
1952年7月に参加申請。
しかしアメリカは許可するが、日本の工業の競争力を危惧する欧州諸国が反対。
対日輸入制限を維持することで参加を承認。1955年9月で4年掛かった。
この輸入制限は1960年代まで続くことになる。
ガット加入により日本の貿易は伸びる、10年間で輸入は3.3倍、輸出は4倍。
貿易摩擦が顕在化するが輸出自主規制を行い調整。
1960年代は繊維、その後はカラーテレビや鉄鋼が自主規制を行った。

その後の特筆すべきこと。
・農産品の貿易制限は最初にアメリカが、次にECC(欧州共同体)が貿易制限を認められた。
これにより農産品の貿易交渉は進展しにくくなった。
・先進国の貿易収支は改善されるが、途上国の貿易収支は改善されない。
この問題を検討したバーバラ報告書を機会に、途上国に有利な一般特恵制度(GSP)を導入。
ただ、先進国はGPSを10年免除できるウェバー制度を採択した←条件がある。
・アメリカが貿易国に対して一方的に不公平貿易慣行を指定して一方的に報復発動できる301条。 
↑まさにジャイアニズムだな。
・1995年にガットからWTOへ引き継ぎされる。
・日米自動車紛争
日本の自動車補修用部品が閉鎖的であるとして301条発動。
日本はWTOの下では認められないとして申し立て。日米間の協議で解決された。
・中国のWTO加盟
申請して15年間掛かった。詳しくはこちらのリンクが面白い。中国WTO加盟の意味
・2008年のリーマンショックで世界金融危機に拡大する中、世界の国々は時刻を保護するため貿易制限措置を相次いで採択した。WTOはすぐに貿易政策検討制度で対応し、監視を強化。抑止力として働いた。


ガット、WTOの歴史以外でTPPに関係してきそうな事も色々有り面白かったです。
ここでは紛争解決手段からISD条項がどうなるか見えてくるような気がしました。
WTOはルール違反がある国通しで紛争解決手段がある。
ISD条項と違うところはISD条項は企業対国であるがWTOの紛争解決は国対国である。
しかし、企業が自国政府に他国を紛争解決するように働きかける手続きがある国は多い。米、EU、中国、日本である。
紛争解決手段は世界でもよく使われていて、1995年からの協議要請は454件で採択が147件である。
日本の申し立ては17件とアメリカやEUに比較すると少ない。
またアメリカへの申し立て数は8件と約半数を占めている。
これはアメリカとの貿易摩擦の歴史が長く、ガット時代は主に自主規制を行ってきたが、ウルグアイ・ラウンド交渉以降は積極的に紛争解決手続を行って来た。
それに対して中国への申し立ては2件と少ない。
被害総額は明らかに中国が多い。
にもかかわらず、中国への申し立てが少ないのは外交問題が多いからか?
ちなみにISD条項についての参考になるサイト紹介。
にこにこ大百科:ISD条項←クリック。
TPP:ISD条項は治外法権か?←クリック。
一応言っておきますが、金子洋一氏は民主党ですが、保守政治家です。
・アメリカとは経済の紛争解決では戦いなれている。
・WTOの紛争解決では、企業が政府経由で訴えられる、これはほぼISD条項と同じ状態ではないか?
・日本は多国間でISD条項を結んでいるが訴えられたことない。
ISD条項は、本当に毒素条項なのか疑問に感じてきました。

まとめ。
第二次世界大戦の要因の一つとして、世界不況のあおりを受けて、ブロック経済化が進み、貿易の不均衡が進んだ事が原因。
米英は、明らかに貿易干渉し戦争をけしかけといて、片一方で経済の自由化を進めるダブルスタンダード。
しかし、戦争後アメリカは真摯に自由経済を公平に進めようとした形跡はある。
でもそれはアメリカ経済が傾いてきたらジャイアニズムを発揮する。
先進国はやはり自国の利益を第一に考えて枠組みを変えていく(TPPも本質は同じ)
しかしガット、WTOは少なくても良心的な対応をしてきた形跡は認められる。
ISD条項は毒素条項なのか疑問が生じた。

結論
TPPは安全保障の枠組みを含んでいるというのは正しい認識だろう。
しかし、TPPが新たなブロック経済となり、戦争への危険を孕んでいる可能性も否定できない。
さらに、今後世界がブロック経済化が進むのであれば、パートナーはアメリカしか考れらないのも事実。
TPPは参加すべきか?
自分は、勉強が進むにつれ「やはり、TPPは参加すべきかなぁ」という方向性に進みつつある。
現在は賛成60%反対40%といった印象です。

これらは、あくまで自分個人としての意見です。
参考にする程度にして、各自調べ、考え、悩みましょう。
ひとりひとりがTPPに関して、意見を持つことがTPPの判断を正確なものにすると思うのです。

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