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靖国神社を修学旅行で訪問とか羨ましいよ。

梅雨は嫌だなぁ。
もうすぐ訪れる夏も暑くて嫌だなぁ。
しかし、嫌な季節を含めてさえ、四季のある日本に住んでいる事は幸せだと思う。
クリックしたら、晴れるかも。

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少なくとも、俺の気分は晴れます(笑)

修学旅行で靖国「遊就館」を訪問 宝塚市教委が「不適切」と市議会で答弁
兵庫県宝塚市の市立中学校が5月、靖国神社(東京都千代田区)境内にある展示施設「遊就館」を修学旅行で訪れたところ、市教委が市議会で不適切との認識を示し、「今後の利用は考えていない」と答弁していたことが29日、分かった。文部科学省によると、学習目的の遊就館訪問に問題はない。市教委は後日、利用は可能だと修正しながらも“反対”をにじませており、有識者からは「遊就館に行くなというプレッシャーを学校に与える」との批判の声も上がっている。
 修学旅行で遊就館を訪れたのは宝塚市立宝塚第一中学校の3年生約200人。5月13~15日の日程で関東方面へ出掛け、2日目に靖国神社を訪れ遊就館を見学した。
 共産党市議団の市議がこれを問題視し、同月29日の市議会代表質問で「なぜ平和教育で軍事博物館『遊就館』を選んだのか」と質問。これに対し、市教委学校教育部長は「これまでの平和学習で戦争の悲惨さ、命の大切さを学び、二度と戦争を起こしてはならないという考えを生徒が持つことに努めてきた。やはり見学先は慎重に検討すべきだった」とし、今後の修学旅行での利用は「考えていない」と明言した
靖国神社をめぐっては、国家神道の強制や軍国主義の宣伝などを禁じたGHQ(連合国軍総司令部)占領下の昭和24年、国公立学校が主催して靖国神社を訪問してはならない-という旧文部事務次官通達が出された。しかし政府は平成20年の閣議で「通達は失効している。授業の一環として、歴史や文化を学ぶために訪問してよい」との答弁書を決定している。
 このため、今月26日の市議会一般質問で無所属市議が改めて見解を問うと、学校教育部長は「かつて国によって靖国神社は訪問してはならないとされたが、現在はそうではないと認識している」とし、遊就館も訪問可能と修正。一方で「行き先は学校長が決定すべき事柄だが、修学旅行の目的や学習の継続性、子供の発達段階を踏まえ、学びが深まるように選ぶことが必要だ」と慎重な対応を学校側に求めた。
 市教委は取材に対し「(当初の答弁は)ニュアンスが伝わっておらず、誤解を招いた」と釈明。首相らの靖国参拝の賛否が分かれる現状などを含め、「今回は生徒の事前学習が十分ではなかったという意味だった」と説明した。
当初の答弁内容はインターネットでも拡散し、市教委には多数の抗議が寄せられたという。同校は当初、「遊就館を見学し、平和学習を行った」とホームページに記載していたが、現在は削除。「市教委に対応を一任している」として取材に応じていない。
 市教委の対応について、国学院大の大原康男名誉教授(宗教行政論)は「『今後の利用は考えていない』という当初の答弁は学校にとってプレッシャーになる。学校は消極的にならざるを得ない。学校の主体的な判断を回復するためには答弁を白紙撤回すべきだ」と批判。日本大の百地章教授(憲法学)も「市教委の答弁は理解できない。遊就館は戦没者の遺書や遺品を展示しており、一般的な博物館と同じようなもの。歴史を学ぶための施設だから素直に行けばいい」と話している。
遊就館
 靖国神社の境内にあり、いわゆる“自虐史観”とは異なる視点で幕末維新期以降の祖国の歩みをたどった展示施設。戦没者の遺品や遺影を中心に武具や武器を含む約10万点を所蔵。「明治維新」「日清戦争」「日露戦争」「大東亜戦争」などのテーマ別に約3千点の史資料を展示。復元された零式艦上戦闘機(ゼロ戦)のほか、特攻隊員の遺書や遺品、結婚することなく戦死した若者のために遺族がささげた「花嫁人形」なども並ぶ。靖国神社によると、年間の入館者数は約30万人。

靖国神社の遊就館を軍事博物館扱いするとは、さすが共産党だ。
たぶん、こういう発言をする人は、遊就館に行ったことがない人だと思う。
遊就館には、確かに軍事博物館の趣はある。
しかし、きちんと「学ぼう」という気持ちがあれば、それだけでは終わらない。
戦争の悲惨さを身にしみて感じる平和学習には最適な展示施設だ。
自分が最近、靖国に行ってきたのでその時の記事を参照してください。
靖国参拝してきました。←クリック。

-----------過去記事、一部抜粋します。-----------

久しぶりの都内に外出なので、おしゃれしていきましたよ、ええ。
電車で1時間くらい、徒歩で10分くらいでした。
市ケ谷で降りて、てくてく徒歩移動。
あいにくの小雨は、英霊たちの涙雨か。
鳥居と国旗
大鳥居と国旗。
しばし、大鳥居のでかさに圧倒される。
天気が良ければ日の丸が映えたのに残念だなぁ。

大村益次郎
陸軍の基礎を築いた大村益次郎像。
司馬遼太郎「花神」を読むべし。

社殿と鳥居
第二鳥居と神門。
平日の小雨の降る中、結構な人が参拝に来ていました。
お年寄りはもちろん、若い男女や外人さんも多かった。

先に遊就館を拝観。
300px-Yasukuni_Yusyukan_2.jpg
入った先の零戦や機関車に興奮。
200px-Yushukan04.jpg
戦争に使われた兵器と分かっていても、男子は興奮するんです。
歴史から日清戦争、日露戦争、そして大東亜戦争と時代を綴る。
圧倒的なのは、英霊のご遺書、ご遺影の数々。
こんなにも多くの人々が、生きていた人々が戦争で亡くなった。
そして展示されておりご遺書を読むと、涙が止まらない。
二つだけ、紹介させてください。
出発の朝「入隊に際して」 海軍少佐 古川正崇命 ←クリック。
二十二年の生
全て個人の力にあらず
母の恩偉大なり
しかもその母の恩の中に
また亡き父の魂魄(こんぱく)は宿せり
我が平安の二十二年
祖国の無形の力に依る
今にして国家の危機に殉ぜざれば
我が愛する平和は来ることなし
我はこのうへもなく平和を愛するなり
平和を愛するが故に
戦ひの切実を知るや
戦争を憎むが故に
戦争に参加せんとする
我等若き者の純真なる気持を
知る人の多きを祈る
二十二年の生
ただ感謝の一言に尽きる
全ては自然のままに動く
全ては必然なり

~山崎菅原神社様~より転載。
平和を愛するが故に
戦ひの切実を知るや
戦争を憎むが故に
戦争に参加せんとする

その気持ち、受け取らせてください。
戦争は絶対に起こしてはいけないと心に刻みます。
もちろん闇雲に戦争は嫌だ、平和憲法を守ろう、などとは言いません。
謝って謝って謝り倒すなどという、間違えた行動もしません。
戦争を回避するための方法論を深く、真剣に、考えていきます。
自分は、そう思いました。

植村眞久命 海軍大尉 愛児への便り←クリック(素敵な後日談もあるので、ぜひ)
愛児への便り
素子、素子は私の顔をよく見て笑ひましたよ。私の腕の中で眠りもしたし、またお風呂に入ったこともありました。素子が大きくなって私のことが知りたい時は、お前のお母さん、住代伯母様に私の事をよくお聴きなさい。私の写真帳も、お前の為に家に残してあります。
素子といふ名前は私がつけたのです。素直な心のやさしい、思ひやりの深い人になるやうにと思ってお父様が考へたのです。 私はお前が大きくなって、立派な花嫁さんになって、仕合せになったのをみとどけたいのですが、若しお前が私を見知らぬまゝ死んでしまっても決して悲しんではなりません。
お前が大きくなって、父に会いたい時は九段へいらっしゃい。そして心に深く念ずれぱ、必ずお父様のお顔がお前の心の中に浮びますよ。父はお前は幸福ものと思ひます。生まれながらにして父に生きうつしだし、他の人々も素子ちゃんを見ると眞久さんに会っている様な気がするとよく申されていた。
またお前の伯父様、伯母様は、お前を唯一つの希望にしてお前を可愛がって下さるし、お母さんも亦、御自分の全生涯をかけて只々素子の幸福をのみ念じて生き抜いて下さるのです。必ず私に万一のことがあっても親なし児などと思ってはなりません。父は常に素子の身辺を護って居ります。
優しくて人に可愛がられる人になって下さい。お前が大きくなって私の事を考へ始めた時に、この便りを読んで貰ひなさい。
昭和十九年○月吉日父 植村素子ヘ
追伸、
素子が生まれた時おもちゃにしていた人形は、お父さんが頂いて自分の飛行機にお守りにして居ります。
だから素子はお父さんと一緒にいたわけです。素子が知らずにいると困りますから教へて上げます。

幼子を残して、死ぬとわかっているのに戦争に向かう人の気持ちはいかほどか。
平和な時代に生まれた自分と子供は、なんと幸せなことか。
そして、この平和を築くために犠牲になった人々がいるのだ。
これは昔話ではなく現実の世界。
遊就館にて、戦争が少しだけリアルな肌触りとなり感じられた。
今、自分は、安全で快適な部屋で、パソコンを叩きながらお茶を飲んでいる。
平和とはなんと尊いものだろう。
しみじみと思う。
これからも何度も、遊就館には行くだろう。

遊就館の参観を終えて、いよいよ靖国参拝。
と言っても今回は、拝殿参拝ですが。
本社
中門鳥居と拝殿。
お参りの時は、ありきたりのシンプルな言葉になりました。
「ありがとうございます。安らかにお眠りください」と。

-----------過去記事抜粋ここまで------------

過去記事の中で、書いていますが。
圧倒的なのは、英霊のご遺書、ご遺影の数々。
こんなにも多くの人々が、生きていた人々が戦争で亡くなった。
その遺影の数々の写真が産経の記事に乗っていたので転載します。
waf13062914040015-n1.jpg
普通の人々が戦争で亡くなった。
若い人も、女性もたくさんいた。
写真で見ると、当時の空気が伝わってきます。
戦争で亡くなった人々をリアルに感じることができる、貴重な展示物がたくさんあります。
過去、日本で暮らしていた人々が戦争に参加して犠牲になられた。
その犠牲の上に、今の日本は成り立っている。
この遺影は、圧倒的な迫力を伴っていました。
もう一度断言します。
遊就館は、戦争の悲惨さを身にしみて感じる、平和学習には最適な展示施設だ。
出来れば、来年も再来年も遊就館に行って欲しいですね。
ということで、凸メール行いましょう。
宝塚市教育委員会へメール←クリック。

文例1
産経新聞にて、宝塚市の教育委員会が靖国神社の遊就館での平和学習が不適切と答弁されたそうですね。
遊就館を閲覧して私からすると、遊就館は平和教育に最適な建物の一つです。
戦争で犠牲になった人々の遺影を見ると「戦争は悲惨だ」ということが身にしみてわかります。
未来を担う子どもたちに、ぜひ体験させてあげたいです。
国学院大の大原康男名誉教授(宗教行政論)は「『今後の利用は考えていない』という当初の答弁は学校にとってプレッシャーになる。学校は消極的にならざるを得ない。学校の主体的な判断を回復するためには答弁を白紙撤回すべきだ」との意見も頷けます。
子供たちの自由で活発な学習を促すためにも答弁の白紙撤回をお願いします。

文例2
靖国神社にある遊就館は、戦争の悲惨さを伝える貴重さ施設だ。
どうして平和学習が「不適切」となるか理解に苦しむ。
学校に無駄なプレッシャーを与えないためにも、答弁の白紙撤回を発表してください。

靖国神社の修学旅行は、必ず子どもたちに歴史を考えさせる良い機会になる。
多くの学校が、靖国への修学旅行を選択するようになればいい。
その為にも、このような暴挙は徹底的に非難しておく必要があると思うのです。

さて、記事にも書いていますが、もう一度確認しておきましょう。
靖国神社の遊就館での平和学習が不適切と指摘したのは共産党です。
靖国神社の遊就館での平和学習が不適切と指摘したのは共産党です。
靖国神社の遊就館での平和学習が不適切と指摘したのは共産党です。
大事なことなので三回書きました。
参議院選挙の参考にしましょうね。
都議会選挙で躍進したとか言っても、所詮は共産党は共産党なんです。

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知覧特攻平和会館

現在、知覧特攻平和会館への修学旅行は2012年度で全国675校訪れているそうです。

知覧には意義を唱える人は少ないのでしょうか?

http://373news.com/modules/pickup/index.php?storyid=48426

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